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745 蘇えった明子

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    たった一度、もう一度、自分の姿を見てほしい。この極楽とんぼで、一晩で良い
    から泊まって欲しいのである。
    蘇えった明子は、とても六十に手の届く女性とは思えない。
    若々しく、はるか彼方を見つめ、遠ざかる昭二の姿を追い求める踊り、
    時にはフラメンコを遙かに凌ぐ激しさ、しなやかな腰の動き、
    見る者を怪しい魔の世界へ引きずり込みかねない、艶やかな色気さえ漂う。
    お客が明子の踊りを見ると、ジッとしていられない。
    一緒になって腰を上げ、激しく踊り狂うのである。

    744 叶わぬ夢

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      もう今となっては、思いを寄せたとて、叶わぬ夢となってしまった。
      世の中を這いずり、惨めな生活を救ってくれた昭二、今では大事な、大事な恩人
      である。
      遠のく恋心、不安でもある。
      しかし、親にはぐれた子供が、親を恨み、親を恋しがる、
      生きているなら、もう一度会いたい気持ち同様、昭二には、今の姿をもう一度見
      て欲しい。
      今更交わる心は微塵もない。

      743 念仏踊

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        出来るだけのことをやり、詫びようと思ったのである。
        詫びて済むような事ではない、明子が幸せになることを願い、手を合わせる日々
        である。
        今日の金曜日も無言電話があり、明子は華やかな気持ちで踊り狂っていた。
        明子の踊りには、願いが込められた、念仏踊である。
        確かに、昭二のことは、大好きであった。
        恋しい昭二、いとしい昭二は、いつの間にか徐々に遠いものとなりつつある。
        昭二を思い浮かべると、孫をお風呂に入れる姿、乳母車で散歩、木陰でくつろぐ
        昭二の姿。

        742 夜駆け、不意打ちはだめだ

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          社員へ訓示する事は「借金経営はしない、夜駆け、不意打ちはだめだ、
          物事は正面からとらへ、筋を通し、正々堂々と行うべし、
          迷った時、辛い時は、お互い知恵を出し合い助け合っていこう」
          という経営理念を貫いているのだ。
          社内外からも太っ腹な立派なリーダーとして、社長として尊敬されているのであ
          った。
          自分は今、何の不足もなく幸せ、お金はその気になって働けばいくらでも手に入
          る。
          明子を見た時、自分が起こした事件、その影響は、明子の人生に少なからず災と
          なった事は間違いないだろう。

          741 社長

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            二十歳で島を出た時は、着の身着のまま、石垣島、沖縄本島で、日雇い労働者と
            して旅費を工面、少しでもいまわしい記憶のある島から離れたい、と大阪まで辿
            り着いたのである。
            大阪でペンキ屋、左官や土木作業員等転々し、溶接工になった。
            暇になると、どうしても島での出来事を思い出す。
            忘れるように、人の二倍三倍働きに働き続けた。
            溶接工から身を起こし、今では立派な鉄骨屋の社長となったのだ。

            740 とんぼ

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              それからの明子は、金曜日になるとそわそわ、丹念に化粧をし、電話の前で正座
              するのであった。
              そして客は、何故か理解出来ないが、この民宿、金曜日8時以降は、酒の無料飲
              み放題。
              明子が、さも楽しそうに踊りまくるのであった。
              ちなみに民宿の名前は、極楽とんぼをイメージし、「とんぼ」と名付けた。
              毎週金曜日は、お客も入り交じって踊りまくる、極楽とんぼの民宿となった。
              昭二は、誰にも身分を明かしていないが、実は大阪で押しも押されぬ、中堅企業
              の鉄骨屋の社長となっていた。

              739 無言電話

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                タレントや有名人も宿泊、話題となって目の回る忙しさ。
                そしてテレビの取材が舞い込んだ。
                明子は、飛び上がらんばかりに喜んだ。
                もしかして、昭二が見てくれるのではないだろうかと考えたのである。
                放送後、明子は昭二からの電話を待ち続けたが、やはり一度もかかってこなかっ
                た。
                しかしよく考えると無言電話がかかってくるようになった。
                明子はそこで、はっと気がついた。
                無言電話は毎週金曜日夜の8時頃、決まった時間にかかってくる。
                その電話は昭二が名乗れずに明子の声を聞くため、かけているのだと思った。

                738 大繁盛

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                  役場での諸手続き、指摘、アドバイスを受ければ、間違いなく指示通りやる。
                  生まれて初めての建物、建築関係者との打ち合わせあり。
                  民宿は素人なので、石垣島の民宿へ正面からお願い。
                  お金はいりません、是非、手伝わせて下さいと、朝から晩まで、お風呂やトイレ
                  の掃除。料理、接客方法などを次から次と、マスターしていったのだ。
                  島の民家は、台風があるため平家だが、ものの見事、コンクリート建ての二階家
                  の民宿が、一年を待たずに、あっと言う間に完成。
                  時代も味方したのか、民宿は早々に大繁盛である。

                  737 恩返し

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                    当時のお金では、腰を抜かす程の大金である。
                    間違いなく、昭二が送ってきたものだと考えられるが、どうしたものか、考えあ
                    ぐねた。
                    思案に思案をした末、この金を大事に使い、いつの日か昭二に恩返しをしたい、
                    と考えた。
                    結論を出してからの明子は、まるで人が変わった。
                    当時、旅人がちらほら島にいたが、聞くところ、島の民家にお世話になり、民泊
                    しているとの事。
                    そこで明子は、大勢の人と会話が出来、大勢の人のために、民宿をはじめようと
                    決断した。
                    一度決断をすると、そのあとは、もう電光石火。

                    736  小包

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                      昭二は、夜這いの話が再燃し、明子の身にこれ以上災が起きては、とそそくさと
                      帰り支度をした。
                      明子の縋る気持を振り切り、来た道をとぼとぼ帰る昭二の背中は泣いていた。
                      昭二は、やはり自分の家には寄らず、そのまま港から四十年前と同じ、誰にも気
                      づかれず島を出た。
                      後日、明子のもとへ小包が届いた。
                      差出人住所には全く覚えはなく、昭二からの郵便物には間違いなし。
                      この郵便物は、明子の度肝を抜くのである。
                      郵便物の中味は、長靴とカッパ、明子名義の通帳と印鑑、なんと二千万円ものカ
                      ネが入っていた。

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